世界に1つだけの花「唯花」とそのファミリーの日常をつづってみました
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京都弾丸ツアー
2015年7月16日
 先日の日曜日、唯花や私のスケジュールの合間をぬって、
子どもたちとれいこちゃん、庄司君と一緒に京都に日帰りで行ってきました。
日頃の寝不足から、車の運転が心配だったので
今回は、JRと近鉄を乗り継ぎ名張まで行き、そこから庄司君に車に乗せて
もらいました。
 京都は、しばらく行っていなかったのでとても楽しみでした。
訪れたのは、唯花のリクエストの清水寺と弟君のリクエストの平等院鳳凰堂です。
弟君は、春、修学旅行に行ったばかりでしたが、宇治の平等院は
行ったことがないので楽しみにしていました。

清水寺1
清水寺2

清水寺には、何回か行ったことがあるんですが
清水の舞台をこの角度でみたことがありませんでした。
どうしてかなと思ったら、いつもは舞台の下までそばの階段を降りてしまい
この景色のところを
通っていなかったようです。(坂道・迂回路?)
私も唯花も弟君も小学校の修学旅行ではここを
通りませんでした。
せっかくの景色なのでぜひ、修学旅行生も通るようにしたらいいのにと
思いました。

平等院鳳凰堂は、弟君以外は小学校の修学旅行以来でした。
昨年の9月に56年ぶりの大改修を終えました。
約2年間かけて行われ、柱や扉を赤茶色の「丹土」で塗り直し
屋根の上の「鳳凰」に金ぱくを施してあり、ピカピカ光っていて、とても
綺麗でした。
写真は、暗くなってしまい・・・残念!
本当はもっともっと鮮やかだし、鳳凰はピカピカでした。
平等院

れいこちゃん、庄司君、連れってくれてありがとう!


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甲賀流忍者屋敷におでかけ
2013年7月1日
もう7月、早いなぁ。そろそろ夏の家族旅行を決めないと・・・

昨日は、一足早くプチおでかけ。
実家から1時間くらいで行ける、隣県の「甲賀流忍者屋敷」
れいこちゃん、しょうじくんも一緒に行ってきました(*^_^*)

実家は伊賀市(旧上野市)なので、伊賀流忍者の地元としては
実は甲賀流忍者はライバル・・・
上野の忍者屋敷(伊賀流忍者屋敷)は何回か行ったことがありますが、
甲賀流は初めてで、どう違うか興味津々でした。

甲賀流忍者屋敷全景
忍者屋敷5

甲賀忍者五十三家中の筆頭格、望月出雲守の住宅として元禄年間に
建築されました。三百年前に建築されて現存する実際の忍者の住宅は
ここだけだそうです。
忍者屋敷4


外見は、一般住宅の装いですが、内部構造は外敵に備えて非常に複雑です。
特に、主人の寝室にはたくさんの仕掛けがありました。
押入れ①は、床下に地下通路があり、今は埋まってしまっている
ところもありますが当時は隣の分家までつながっていました。
押入れ②の中は、廊下へのどんでん返しになっていました。
弟君、喜んで何回も通っていました。
忍者屋敷1

窓は、見た目は開けられないように見えて、
厚紙や葉っぱで開けることができる不思議な窓でした。
主人の部屋への戸は、檜の1枚戸になっていて、とても重かったです。


また、別の部屋では、見た目物置の戸に見えて、
その中には2階への隠し梯子があり、2階や3階へ隠れたり、
追ってきた敵を閉じ込めたりできるようになっていました。
梯子の下に隠れて、2階へ上がった敵を、
縄梯子を使って挟み撃ちすることもできました。

床下に隠れられるところをのぞいています。
忍者屋敷3

忍者屋敷6

一番驚いたのは、さっきのどんでん返しとは、別のところにある
どんでん返し。逃げる側が通ったのと同じ方を押しても開かず、
追手が戸惑っているうちに、その先の床を開いて逃げるというもの。
その床の下は・・・なんと井戸!落とし穴です。
覗かしてもらいましたが・・・あ~こわ!

最後に、弟君は、手裏剣体験。
気に入って、もう1回したいって言ってました(*^▽^*)
忍者屋敷2

れいこちゃんとも言っていたんですが、
意外と楽しめましたよ~(*^▽^*)


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歴史探索 飛鳥4 亀石
2012年11月21日
 飛鳥の歴史、最終回です。
子ども達が楽しみにしていた、不思議な巨石「亀石」
亀のような形の彫刻がされた、長さ3.6メートル、幅2.1メートル、
高さ1.8メートルの巨大な花崗岩が住宅地の真ん中にぽつん。
亀石
歩きや自転車で明日香をまわっている人が通る道に面しています。
私たちは、車だったので駐車場に止めて少しだけ歩きましたが、
たくさんの観光客やボーイスカウトの子ども達が亀石を観察して、
また次へ移動していきました。
唯花も弟君も、母の「写真撮るよ~。並んで~。」の声に耳を貸さず?
説明版を食い入るように読んでいました。
亀石の伝説がとても気になったようです。

亀石の伝説
「言い伝えによると、奈良盆地一帯が湖であった頃、
対岸の当麻(たいま)のヘビと川原(ここらの地名が川原)のナマズの争いの結果、
当麻に水を吸い取られ、川原あたりは干上がってしまい、
湖の亀はみんな死んでしまった。
亀を哀れに思った村人たちは、「亀石」を造って亀の供養をしたという。

亀石は、以前は北を向き、次に東を向いたと言う。
そして、今は南西を向いているが、西に向き、
当麻のほうを睨みつけると、奈良盆地は一円泥の海と化す、
と伝えられている。」

このあと、弟君が気になっていた、鬼の雪隠と俎にいきました。
鬼の雪隠(せっちん)←トイレ
鬼の雪隠
鬼の俎(まないた)
鬼の俎

本当に鬼が使っていたような大きさですが・・・
正体は、古墳の石室の一部で、俎がある位置から、雪隠の方が転げてきたようです。
石室らしい

俎は林の中、雪隠は白菜畑の中にありました。
白菜~
写真の左端の真ん中辺りに鬼の雪隠。(唯花撮影)

最後は、蘇我氏の氏寺の「飛鳥寺」へ。
飛鳥寺

大化の改新で中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足が、
蘇我入鹿を暗殺したとき、入鹿の頭が飛んでいったとされています。
蘇我入鹿の首塚があります。
首塚

この首塚のすぐそばで飛鳥寺西方遺跡の発掘が現在進行形でした。
(シートの下)
発掘調査

後ろに見える小高い丘の上は「甘樫の丘」です。
中学校の社会見学の時、甘樫丘でお弁当食べたなぁ・・・
甘樫丘

飛鳥の歴史に触れた1日でした。とっても楽しく、歴史を学べました。
しょうじ君、れいこちゃんありがとうね


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歴史探索 飛鳥3 石舞台古墳
2012年11月20日
 来週の月曜日から唯花は、期末テストです。早いなぁ・・・
いつもは、木曜日にエレクトーンのレッスンがあるんですが、
テストが直前になってくるので、今日、レッスンに行ってきました。
2月の発表会の曲の練習をしています。
曲は「ウィンターゲームス」です。
ついでに、今日は、週刊「そうなんだ歴史編」の発売日です。
弟君が熱心に読んでいます。

さて、歴史探索の続きです。
明日香と言えば、「石舞台古墳」
みなさん、ご存じでは?


石舞台古墳説明
石舞台古墳は、日本最大の方墳です。
30数個の岩の総重量は約2300tもあり、特に天井石は約77tとかなりの重量です。
当時の土木・運搬技術の高さが感じられます。

石舞台古墳

石舞台古墳は、巨大な両袖式の横穴式石室が露呈しているという独特の形状です。
もともとは封土があったようです。
石室の入り口~
石室入り口


天井席の上面が広く平らで、まるで舞台のように見えるその形状から古くから
「石舞台」と呼ばれています。
被葬者は明らかではないようですが、7世紀初頭の権力者で、
大化の改新で滅ぼされた蘇我入鹿の祖父でもある
蘇我馬子の墓説が有力です。

石室の中に入れます。中から空を見上げたところ。
天井

古墳の大きさに子ども達、とってもビックリしていました。

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歴史探索 飛鳥2
2012年11月19日
 今日は、飛鳥の歴史の続きです。
私は、日本史はどちらかというと苦手なんですが、
子ども達は二人とも、歴史好きかも。
弟君の愛読書「そうなんだ歴史編」だし
昨年、古墳巡りに連れってもらったとき二人とも大喜びでした。
今年も、しょうじ君、れいこちゃんにお世話になりました。
ありがとう^^
プランをしっかり立ててくれたので、いろいろまわれて楽しかったです。

さて、資料館をでて、酒船石遺跡に行きました。
私が中学校の時の社会見学でも行った酒船石の近くから
平成12年(2000年)の発掘で新しい遺跡が発見されました。
その亀形石造物と小判形石造物および周辺の遺構を含めて
酒船石遺跡と呼ぶようです。
以前なかった、新しい発見の遺跡にビックリです。

2000年に見つかった遺跡です。
亀形石造物と小判形石造物です。
酒船石遺跡

歴史ボランティアの方に詳しい話が聞けました。
寒い中ありがとうございました。

亀形石造物は花崗岩で作られていて全長約2.4m、幅約2mで頭や尻尾、
足が造形されています。甲羅部分が鉢状になっています。
頭の部分の穴から水が流れ込み尻尾の穴から流れ出ています。
尻尾に栓をすることで水を溜めることもできます。
小判形石造物も同じく水が貯められるようになっており、
排水口は亀の頭に繋がっています。
この遺跡はどうも、井戸のようです。
ここで、禊ぎがされていたと推測されるようです。

それを作らせたのが、「斉明天皇」だったそうで、
日本書紀にこの工事のことが記されているようです。
ここは、発掘前までは野球場で、バックネットの
コンクリートの名残がありました。
野球場の地下6~7m地下にこの遺跡があったようで、驚きました。
バックネットの名残はこの写真よりかなり上です。
この写真に写っている石垣も遺跡です。
亀形石造物

斉明天皇は中大兄皇子(のちの天智天皇)と
大海人皇子(のちの天武天皇)の母親です。
2代前にも皇極天皇として即位していて2回天皇になった女帝だそうです。
大化の改新はもちろんのこと白村江の戦いや壬申の乱の話もでてきました。
歴史上の人物がいっぱいでてきて、唯花もいっぱいうなずいてました。

酒船石は大人になってから見ても大きい~
酒船石

竹林の中にありました。(唯花撮影)
竹林

おちゃめな唯花とれいこちゃん。
なかよし

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